vol.07
「もの」を通して”まぬけ”を考えるべく今回訪ねたのは、
路上園芸鑑賞家の村田あやこさん。
個人宅や商店の軒先にある鉢植え、舗装の隙間から顔を出す草木など、路上の植物を「路上園芸」と称して鑑賞や記録をされている、唯一無二の活動家です。ユニークな視点をお持ちの村田さんが見せてくれたのは、何かに対する愛を極める人によって作られている「もの」たち。
好きを貫く人たちのエピソードとともに、”まぬけ”を探ってくれました。
村田 あやこ むらた あやこ
路上園芸鑑賞家でありライター。2010年頃より道端の植物に魅了され、「路上園芸学会」(会員は村田さんのみ)なる架空の学会を名乗って路上園芸の鑑賞・記録を行う。書籍や自身のSNS、ウェブマガジンへのコラム寄稿やイベントなどを通じて、路上園芸の魅力を日々発信。道端に広がった苔を「苔大陸」、カーブミラーと一体化した植物を「ミラーマン」と名付けるなど、キャッチーなネーミングも面白さの一つ。
思いがけず集まってきたもの
この日やってきたのは、都心から少々離れた神奈川県・逗子。空の青さがめいっぱいに広がる、村田さんの暮らす街だ。散歩ついでに私たちを駅までお迎えに来てくれた村田さんは、家に向かうまでの道でも、もちろん路上園芸鑑賞家。「最近気付いて、見守っているんです」と指をさした先には、排水口のひび割れからひょこっと頭を覗かせている雑草が。ありふれた路上の植物に目を向け、愛でる。世界を見る目が楽しくなる村田さんのライフワークを早速見させてもらい、自然と表情が和らいでいく。
植物はお家でも育てているのだろうか? そう思っていたが、お庭の植栽以外にはベランダに鉢植えが数個あるのみで、家の中に植物の姿はほとんどない。「私、すぐに植物を枯らしてしまうんですよ……。一緒に暮らしている猫も葉をかじったり鉢を倒したりしてしまうし。命ある生きものなので申し訳なくて、家にはなるべく迎えないようにしていて」。
それに比べ、置物や棚に詰まった書籍、CDなど、ものはある程度置かれている様子だ。数年前に家を建て替えたのを機に、スッキリとシンプルに暮らすつもりだったそうだが、「気付いたらものが増えていました(笑)」と村田さん。
「でも、意図せず家にやってきたものに囲まれた空間は、気持ちいい気がします。『路上園芸』でも、元から育てていた植物の鉢に、いい按配で雑草が同居していることがあります。そういう自然体な雰囲気と似ていますね。偶然性を受け入れる余地が、心地よさにつながるのかもしれません。また、偶然やってきたものによって自分の世界も広がるんです」。そう言って、「思いがけず集まってしまったもの」を見せてくれた。
偏愛が詰め込まれたZINE
はじめは、両腕で抱え切れないほど大量のZINE。近所の“観音様”へのお供えものを記録した『観音様の自由なお供え』、金沢市内の路上の景色をジャンル別に収集した『金沢民景』、飼い猫が窓から顔を覗かせる様子をまとめた『お出迎え』、各都道府県の顔ハメ看板を紹介する『顔ハメ百景』、顔ハメ中の姿を裏側から撮った『ハメる女』などなど。タイトルのユニークさもさることながら、どれもテーマがニッチすぎ! 研究者さながらの熱心さが伝わってくる。
「『SABOTENS』として私も出展している、『マニアフェスタ』で出会ったものがほとんどです。いろんなジャンルのマニアたちが、研究成果と偏愛を詰めこんだZINEやグッズを販売するイベントなんですけど、どの方のも面白くて、もう買わざるを得ないんです」。
「SABOTENS」というのは、路上に落ちているアイテム(=落ちもん)に着目する”落ちもん写真収集家”の藤田泰実さんと村田さんによるお散歩ユニットのこと。イラストレーター兼デザイナーでもある藤田さんとともにグッズを制作したり、村田さんの著書の一つである『はみだす緑 黄昏の路上園芸』を共同制作するなど、村田さんの活動の核になっているのだ。マニアたちによるZINEは、こういった活動の刺激にもなるのだそう。
「マニアの方たちの間では、知識量を競うのではなく、お互いにリスペクトし合いながら『自分は自分、あなたはあなた』と好きなことを追究するのがいいんです。みんながそれぞれの山を登って、その頂上から『おーい!そっちの山はどう〜?』って挨拶しているような距離感。だから、全く別の偏愛に触れることで、逆に自分のことに熱中できたりもして。あと、自分にはなかった視点を知れるのもいい。誰かの視点をインストールして街歩きや仕事をすると、また違う世界が見えてきますね」。
向こうからやってくる、たぬき
「そうだ。マニアフェスタには、私の夫(@むらたぬき)も出ているんです」と村田さん。何のマニアなのかというと、リビングにも洗面所にも玄関にもいらっしゃる、たぬき。なんでも、全国に100人以上の会員がいる「日本たぬき学会」の会長を3年ほど前から務めるほどの愛好家なんだとか。ぱっと見ただけでも30体以上はいる。これも思いがけず集まってきたのだろうか?
「私はたぬきに目がない夫を長年見ているため、たぬきと夫の存在を重ねて見るようになってしまって(笑)。それと同じで、友人たちもたぬき=村田夫婦というイメージがあるらしく、いただくことが結構多いんです。玄関前のたぬきは、友人のお母さまが大切にしていたもの。亡くなられて遺品整理をしていた際に『捨てるのも忍びないからもらってほしい』ということでうちにやってきました。たぬきとサボテンのぬいぐるみは、ponponfrappeさんという友人の作家が作ってくれました」。
何かに対する愛の強さが漏れ出ていると、磁力で吸い寄せられるように向こうからやってくるのかも。ちなみに、取材中に横でくつろいでいた猫の名前も、たぬき。
家族によるハンドメイド品
「気付いたら増えていたものというと、家族のハンドメイド品もですね」。あれも、これもと次々に見せてくれたのは、電気工作好きなお父さんによる木製のアンプに、手芸好きのお母さんによるバッグ、理系の弟さんによる幾何学模様の多面体。
どれも売りものになりそうなほど凝った作りは、圧巻。でも、好きという気持ちだけで趣味として作っているので、完成したらぽんっと村田さんの手元に譲られるのだそう。なんだか、潔くて格好いい。
「両親は昔から、棚が欲しい場所に板を切り出して棚を作ったり、動くテレビ台を作ったり、自分たちの生活を便利にするためにものをよく作る人たちで。手直しをしながら自分らしい家にしていくことが、”生活をする”ということなのだろうなと思いますね」。
まぬけとは、一生懸命?
見せていただいた「思いがけず集まってきたもの」たちはすべて、好きなことに対する愛を極めている「人」の存在が必ず背後にあるように思う。それは、村田さん自身も同じだ。そういえば、村田さんはなぜ路上園芸に惹かれたのだろう? ここで、村田さん自身の話も聞いてみよう。
「私は子供の頃からクラスに馴染めなかったり、決められたルールをすんなり守れない野性的なところがあると思っています。どちらかというと、はみだし者なんですね。そんな自分と、綺麗に整地された都市の隙間からはみ出している植物を重ねて見ていて。なんだか、仲間を見つけた感じでホッとするんです」。
こうして街へ繰り出し、10年以上も路上の観察を続ける村田さん。その熱中力は並大抵のものではない。でも、そんな一生懸命な姿勢が「まぬけ」に通じると言うのだ。一生懸命と、まぬけ。対立する言葉のように思えるけど……?
「鑑賞に夢中になりすぎて、車に轢かれそうになったことは何度かあります。父は、もの作りに集中しすぎて毎日明け方近くまで起きていましたし、マニア仲間と散歩していたら、建物の上の給水タンクに気を取られるあまり、犬のフンを踏んづけてしまった人がいたり(笑)。人間のレーダーチャートがあるとすると、好きなものに対する一生懸命さが突出している分、どこか他の数値が低くなって、グラフが歪な形になりがちだなあと。自分もそうなんですけど、見方によっては、まぬけな姿とも言えますよね」。
優しく、穏やかな表情で話す村田さんは、最後に「でも」と付け加えた。「その姿はきっと愛らしいし、まぬけに見えるほど時間も心もとことん注がれたものこそ、見る人の胸を打つのだと思います」。
Editor’s note
とても人懐っこく、インタビュー時にたくさんの癒しをくれた猫のたぬきに、村田さんはこうおっしゃいました。「人間にとっては意味のあるものでも、猫にとってはただの段差になったりもして、猫と暮らしたことでものに対する新しい視点を知れた」。たしかに、と思うと同時に、何気ない様子の中にも気付きを見つける村田さんが素敵だな、と思ったお話でした。