vol.08
ものにおける「まぬけ」を今回探ってくれたのは、
30年以上もファッション界で活躍され、
“ビームスの服ショーグン”と呼ばれる和田健二郎さん。
服だけにとどまることなく、世界的にも貴重なアフリカ部族の盾やチベットの装身具、戦時中の骨董品や、ご自身で考案した初お披露目のファッションアイテムなどなど、あらゆる蒐集品について広い視野で話してくれました。
ミュージアムにきた気分で、のぞいていきませんか?
和田 健二郎 わだ けんじろう
1990年に「ビームス」に入社し、店舗スタッフを7年、バイヤーを15年経験。2012年から若手への“服育”を行うスタイリングディレクターに、2021年からは店舗スタッフのメディア化を推進するオムニスタイルコンサルタントに。ビームススタッフが個人でセレクトした様々なものや体験を届けるサイト「B印MARKET」内では、「和田商店」という個人商店も展開中。出身地の鹿児島県で醸造した、オリジナルの芋焼酎「芋ショーグン」が目玉商品。
「ビームス」における和田さんとは
お店のアイテムを組み込んだスタイリングスナップを、3000人のスタッフが公式サイト内で日々投稿している「ビームス」。素敵な着こなしを見て着用アイテムが欲しくなったら、そのまま同サイト内で同じものを購入できる、というデジタル仕様の接客だ。この取り組みで、10シーズン連続で着用アイテムの売上ナンバー1という記録を誇るのが、他ならぬ和田健二郎さんである。54歳となり店舗販売員を退いてもなお、いまだに多くのファッションラバーを魅了するカリスマスタッフだ。
ビームススタッフの個人書籍シリーズ『I AM BEAMS』から昨年秋に発売された、和田さんの『ビームスの服ショーグンが敬愛するモノ・コト・ヒト』(世界文化社)を読むと、和田さんはものへの興味関心もただならぬことがわかる。ヨーロッパのアンティークに、アフリカの部族の仮面や北欧のうつわ、チベットの装身具に日本の骨董品や民藝品……。実際に自宅のリビングにお邪魔してみれば、選りすぐりのものたちに全方向囲まれる空間が待っていた。
気を取られていると、「暑かったでしょう、まあ座ってください」と冷たいお茶をそそいでくださり、スピーカーからラテン系のジャズを流して、ささっと空気をやわらげてくれる和田さん。さて、一息つかせて頂いたところで、本題のもの紹介へ。ここから先は”和田ミュージアム”。順々に巡っていきましょう。
ミニチュアショーグン
まずは何から見せていただこうか。と思ったら、和田さんの隣に小さな和田さんが座っている。すっごくリアル。なんだこれ!?
「5月に、『ビームス 広島』の30周年記念イベントがあったんですよ。お客様や歴代のスタッフを招いてマルシェやトークショーを開催していたんですが、3Dフィギュアを作れるブースもありまして。40歳過ぎから始めたシュートボクシングに続いて、最近柔術もスタートしたのですが、その道着姿で作ってもらいました。『ビームス』のフィッティングルームに置かれている柳宗理のバタフライスツールに腰掛けてみたけれど、服のシワとか髪の毛の風合いまで、怖いくらいよくできてますよね」。
機械の中に入り、96台のカメラによって全身を3Dスキャンし、フィギュアができあがるのだそう。たしかに技術の高さに仰天するけれど、自分がフィギュアになるなんて、なかなかにぶっ飛んだ発想だ。
「だからとにかくやりたかったんです。まぬけもの以外の何ものでもないでしょう(笑)。
最近の休日は、シャツの胸ポケットに忍ばせて神社など聖地巡礼をしています。
本当は今日、全く同じ格好で実物のバタフライスツールに座って出迎えようかな、なんて思ってたんですよ」。
しょっぱなから予期せぬまぬけもので、ガッと心を掴まれた。まずは一緒にいる人を楽しませよう、そんなポジティブな姿勢にこちらも自然と表情が和らぐ。
インテリアやファッションに、驚異の民族モノ
打って変わって次に見せてくれたのは、アフリカのとある部族の、盾。威厳のある雰囲気で、見た目も肌触りも金属のようにどっしり。が、「これは動物の革をそのまま削って作られたものなんです」と和田さん。20年以上前に日本に輸入されたものを入手したそうで、現在はワシントン条約により輸入すらできないレアものだ。部族によって形がすべて決まっているので、見たらすぐに特定できるのが面白さだという。帽子のように置かれているのは、サイの革でできたオモロ族の儀礼用の盾。大きいほうがアマロ族の盾で、カバの革なのだとか。
盾をインテリアとして飾って、それが自然と部屋に馴染んでいることがまず驚きだが、飾り方へのこだわりも一興。壁にはかけずに、それぞれの個性的な形に合わせて特注した台座にセット。「存在が浮き出て、格好よさがさらに増すんですよ」と和田さん。
トイレにも、台座にセットされたものが。長細い奇妙な物体。乾燥したイモかニンジンみたいだ。すると和田さんは、「ペニスケースだよ。パプアニューギニアの」とヤンチャな笑顔で教えてくれた。「朝一を爽快に迎えられるように」設置したという男性用小便器の前が定位置。ここにあると、神格化されたような存在感が放たれているように見えなくもない。「輝きを発揮するには自分に合った場所にいることが大事だぜ」なーんて、ペニスケースが言ってる気がする。
「民族もの」は飾るだけでなく、実際に身につけることも。「ワーク、スポーツ、ミリタリー、モードのベースがあって、それに必ずトライバルなアイテムを合わせています」という和田さんが特に凝っているのが、チベットの装身具。
「一般的に使われていた道具なのに、壮麗な美術品のような格好よさの虜になってしまって。東チベット・カム地方の戦士たちが身につけていたベルトは、無骨ながら繊細な銀の装飾が施されたバックルが美しくて、惚れ込みました」。
しかも和田さんがお持ちなのは、所々に金の象嵌(異なる素材をはめこむ工芸技術)もなされた珍品。現地でもそうそうお目にかかれない希少なものだそう。他にも、ベルトに通して腰から提げ、餌が入ったバケツをひっかけたりして使う牧畜用具だという「ローズィー」や、火打ち石を入れておける「火打ち金(ひうちがね)」などもファッションに取り入れている。
何を買うかより、誰から買うか
さて、ところ変わってお次は日本の骨董品の話へ。コロナ禍以前、和田さんは北海道から鹿児島までの全国のビームスを半期の間にすべてまわり、スタッフ勉強会の講師をされていたそうで、各地を巡るたびに骨董市などで購入していたのだという。
例えば、花瓶のように穴のあいた陶器。「これ、実は手榴弾です」と和田さん。
「物資が不足していた戦時中、国が民間の企業にまで武器を作らせたんですね。だから、こういった陶器で作られた手榴弾も出てくるわけです」。
和田さんの解説は、ものに対する勉強熱心さ、そして何より好奇心に満ち満ちている。そういった姿勢が前提にある中で、ものを買う時の決め手はどこにあるのだろう? これに対し、消費者にとっては買い物の心得になり、そして売る側にとっては接客の真髄とも言える答えが。
「見たこともなくて『なんだコレ』と思うものは、知識ゼロのフラットな状態で見ることができて楽しいので買うことが多いですね。もう一つとても大事なのは『誰から買うか』ということ。その人の持つ経験や言葉に説得力があって、話していて楽しかったり信頼できたり。販売している人に価値を見出して買い物をしています。オンラインの販売に力を入れている『ビームス』のスタッフにも同じように伝えていますが、『この人から買いたい』と思わせることって、この上ない状態ですよ。一時の消費で終わらず、その後の関係が生まれて、単なる買い物以上の価値が生まれますから」。
まぬけさが生み出したマイスタイル
ここまで話を聞いていて、素直に気になるのは、和田さんのプライベートな一面。国内外問わず経験豊富で、ものへの知識も万全、さらにユーモアも巧みで、まぬけさなどこれっぽっちも見えないが……。
「え? いやいや、まぬけですよ私だって。忘れものがとにかく多いんですよ。ロサンゼルスで大量に買った北欧のうつわを全部空港に置いてきちゃったりね。あまりに悔しくて、日本に帰ってから同じものを買い集めました。値段は何倍もしちゃいましたが、まあいいです(笑)」。
立派なうつわに、こんなビハインドストーリーが隠れていたなんて。人は“忘れん坊ショーグン”と呼ぶのだそう。
「あと、僕はお酒がそこまで強くなくて。酔ってる時に、鞄を丸ごとどこかに置いてきちゃうなんてこともあります」。……急に感じる親近感。でも、鞄を何度かなくしたことで独自のスタイルをひらめいたという。
「YOSEMITEストラップ』の頑丈な肩がけロープに財布、携帯、充電器、鍵、歯ブラシ、歯磨き粉、イヤホン、エコバックなど必需品だけを提げて、鍵と携帯はマグネット式でシューッと伸びるんです。チベットの火打ち金もつけたり。バッグはいらないし、使った後になくすこともないし、ファッションにもなるし、最高なんですよ」。
弱点を自分らしさに変えて、楽しんでしまう姿勢が素敵だ。まぬけさは、自分次第でオリジナリティに変身するポテンシャルがあるのだろう。
「まあ、これごと忘れたこともあるんですけどね。呆れちゃうでしょう(笑)」。
誰もやってないやり方で挑む
そろそろインタビューも終盤に。ラストは、こちらのベルトの話で締めくくり。
習い事がしたく、半年前から“トライフォース柔術アカデミー”に通いだしました。「柔術では帯の色でその人の経験値やレベルが分けられているのですが、先日、最初に締める『白帯』から『青帯』に昇格したんです。でもそうなると、白帯はもう使わなくなる。何か使い道はないか、と考えて、ベルトにしてしまおう! と真っ先に思いつきまして。メーカーにお願いしてダブルリングのベルトに生まれ変わりました。練習を重ねて成長が認められるとストライプが1〜4本まで増える。4つの段位があって、4本揃ったら次の帯に昇格するというルールがあるのですが、ストライプがそのままアクセントになっているのもいいんです」。
すでにあるものにアレンジ可能な”余白”を見つけ出し、工夫を施して、自分なりのものに仕上げる。和田さんはこんなふうに、柔術のベルトがファッションアイテムになる過程をリズミカルに説明してくれたけれど、この思考回路は誰もが真似できることではない。
「本来あるものを、どうやったらもっと面白くできるのかを考えるくせがありますね。
“あるがままの解釈”をしないといいますか。自分のスタイリングを考える時もそう。すでに存在するスタイルと同じことをしたり、決められた用途のまま着るのではなくて、何かをマイナスしたりプラスしたりして他にはないミックス感を出すことはかなり意識していて。しかも、それは人真似ではなくて、自分だけのものでないといけませんね」。
「僕は、『とにかく人がしてないことをしろ』と小さい頃から親に言われ続けて育ったんです。小中高で野球をやってたんですけど、父は『打ったら(一塁じゃなくて)三塁に走れ』って言うんですよ。もちろんしなかったですよ(笑)。でも、その発想が今生かされていますね。このベルトのように、誰もやっていない”すきま”を見つけて、みんなが衝撃を受けることを発信し続けたいなと」。
Editor’s note
ビームスの代表選手の、さすがのコレクション。その蒐集ぶりのみならず、こだわりぬいた配置の妙もお見事でした。それは、ものに対しての敬意や、集めるだけでなく楽しみぬこうという和田さんの気持ちの現れなのかもしれません。それがそのまま暮らしの空間を作り出し、訪れる人を楽しませるコミュニケーションにもつながっているのでは。さらにその一貫した精神が、「ショーグン」としてリスペクトされるゆえんなのかな……と思いました。紹介しきれなかった、義理のお父様が彫り途中だったというフクロウの置物もチャーミングでした!